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第13回バーチャル座談会 【ハルとナツ 届かなかった手紙】 に付いて語る。(第1編)
10月2日からNHK放送80周年記念ドラマ、橋田壽賀子作の『ハルとナツ 届かなかった手紙』が放映されている。5年の歳月を費やし豪華キャストを揃えブラジルロケでは1000人のエキストラを使用して撮影された大作です。御覧になった皆さんのコメントを纏めていく形で何時ものバーチャル座談会第13回目としてこのドラマを取り上げて語り合って見たい。どれだけの反響、ご意見が集まるか分かりませんが、NHKの放送80周年記念番組として世界一斉に放映される番組であり何方にも気軽にコメント、発言頂ける話題だけに3回程度までは、続くのではないかと期待しております。

第13回バーチャル座談会 【ハルとナツ 届かなかった手紙】 に付いて語る。(第2編)
久し振りのバーチャル座談会、『私たちの40年!!』MLを通じての皆さんのご発言を中心に座談会風に纏めていますが、今回選んだ『ハルとナツ』は、話題のドラマで多くの皆さんの感想をお寄せ頂きました。第2編は、愈々放映が始まり大きな感動の声を毎日寄せて頂いたものを記録して置く事になりました。ご協力有難う御座います。
写真は、ハルとナツの子供時代のものをスチールよりお借りしました。

第13回バーチャル座談会 【ハルとナツ 届かなかった手紙】 に付いて語る。(第3編)
バーチャル座談会、最終の第3編です。選んだ話題が視聴率を誇るNHKの放送80周年記念スペシアル・ドラマ【ハルとナツ 届かなかった手紙】だった事から、殆どの方が「涙無くして見られなかった」、「知らなかったブラジルを知ることができた」、「日本では見られなくなった昔の日本の良さがブラジルに温存されている」といったコメントを寄せて呉れています。ブラジルに長年住む我々としても現実を曝け出す恥ずかしさ?とそれを知って貰う嬉しさが交差して複雑な気持ちを抱かされるが橋田作品は、見る者に感動を与える秀作であったと云える。ブラジルに直接取材する事もなく斯くもブラジルを描き切る橋田さんの作家としての非凡さに感嘆する。
写真は、若きハル(昭和編)です。

コロラド日本人物語 神戸新聞メールマガジン「G・ラフ」より
郷里神戸の神戸新聞のメールマガジン「G・ラフ」を購読していますが、10月11日版のコラム欄に<論説さろん> コロラド日本人物語と言う記述があった。最近出版された書籍の紹介だが、先週放映されたNHKの放送80周年記念スペシャル・ドラマの「ハルとナツ 届かなかった手紙」を参照しながらブラジルだけでなしにアメリカでも「ハルとナツ」の世界、『同時代、同様に過酷な境遇にあった米国の日本人も忘れないでおきたい。』と語る。是非読んで見たい本が出てきた。「日系アメリカ人と戦争 60年後の真実」(パレード社刊)
写真は、今田英一さんに書かれた本「日系アメリカ人と戦争 コロラド日本人物語」の侮をお借りしました。


杉野忠夫博士の移住監督紀行文 『南米開拓前線を行く』 野口 紘一さんより配信。(2)
杉野先生の残された著作を毎日ご自分で叩きデジタル化を図っておられる野口さんの努力と根気に驚異を覚えますが、野口さんは、『杉野先生が逝去されて40年もたちます、私が歳をとるのはあたり前です。セッセト毎晩、キーボードを叩いていますが週末は遅くまで、真夜中を過ぎるまでイスに座って叩いていますが、何か先生の心がひしひしと感じてくるのには驚きます。』と説明されています。直接お会いする機会がなかった杉野先生ですが、我々移住を目指す学生にはその理想と理論付けをして下さった偉大なる指導者で杉野先生に直接訓育を受けられる農大生を羨ましく思っていた一人です。第2回目の配信をアップして置きます。
写真は、野口さんから送って頂いた杉野先生の著作本の侮です。

第13回バーチャル座談会 【ハルとナツ 届かなかった手紙】 に付いて語る。(第4編)
バーチャル座談会【ハルとナツ 届かなかった手紙】 に付いて語るは、第3編で終了する積りでしたが、お寄せ頂いたお便り(発言)が使用されていなかったり、その後に寄せて頂いた感想等もあり番外編と言うか第4編として邦字新聞の関係記事等と共に収録して置きたいと思います。
2008年のブラジル100周年には、どのようなドラマが作成され公開されるのか楽しみですが、100周年には、岡村 淳さんの渾身の大作を期待したいところです。NHKあるいは民間放送局に岡村起用をお願いしたいですね。
写真は、荒木さんが乗船して来られたという戦後の移住船サントス丸2世(パナマ経由)でなく戦前の移民船さんとす丸?として使用されたハルとナツの神戸港での別れのシーンに使用された船をスチールからお借りしました。

どうなる日本ブラジル交流協会のブラジル研修生派遣制度。
来年度のブラジル研修生募集を停止し現在研修中の第25期生派遣を持って一応輝かしい研修制度と748名の日本とブラジルの掛け橋的人材育成事業に幕を閉じる日本ブラジル交流協会に代わって2007年よりブラジル日本交流協会として軸足をブラジルに移し派遣事業を継承、継続して行くことで元研修生達を中心にその組織作りに取り掛かっている。日本ブラジル交流協会は、外務省の後援団体でもあり玉井 義臣会長、藤村 修理事長の本業に追われるお二人の栄誉ある退陣、新しい組織としてのブラジル日本交流協会への移行、委譲に当たり如何にャtトランヂングさせるかの大きな問題が残っているが基本的にはOBにその運営を任せるとの同意が既に出来上がっているとの事ですので今後の推移を見守りたい。公開書状としてこのホームページにも掲載している玉井会長宛の手紙への返事もまだ受け取っていない。最近のニッケイ新聞とサンパウロ新聞の記事を紹介して置きます。
写真は、現日本ブラジル交流協会ブラジル事務局長で継承後のブラジル日本交流協会日本支部の責任者として実質的事業継承を目指す藤本 明司さんです。

上田 伊之輔さんのブラジル50年!!(1955年チサダネ号でリオに到着)。 
広島にある日本製鋼所の押出機据付工事でもう10数年に渡り通訳として仕事を手伝って頂いている上田 伊之助さんにお話を伺いました。上田さんは、1934年11月28日に静岡県三島市生まれで地元の田方農業高校、畜産科を卒業、1955年20歳でローヤル・インター・オーシャン・ラインのチサダネ号で雛の鑑別士としてリオに到着、今年の11月でブラジル50年を迎えられます。11月には、71歳になりますが、現役でリオのリオポリメロスのポリエチレン樹脂生産用の日本製鋼所の押出機の据え付け現場で元気に通訳として働いておられます。仕事の合間にお聞きした上田さんのブラジル50年をご紹介します。
写真は、リオの工事現場の控え室で撮らせて貰ったものです。