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第27回バーチャル座談会【ブラジルワールドカップを語る!!】(その10)
【ブラジルワールドカップを語る!!】(その10)では、準決勝まで進みました。準決勝は、ブラジル対ドイツ、アルゼンチン対オランダの南米とヨーロッパの対決に成りました。大方の予想では、優勝戦は、ブラジル対アルゼンチンの南米対決が待たれましたが、ネイマールとシルバーを欠くブラジルが何と1−7でドイツに粉砕され優勝戦でなく準決勝でミネイロンの悲劇が起こり世界中のサッカーフアンを驚かせまました。予想通りアルゼンチンはオランダを接戦の末下し決勝戦は、ドイツ対アルゼンチンの対決に成りました。早々のブラジルの敗退により南米代表はアルゼンチン。一般ブラジル人は、南米代表のアルゼンチンに勝って欲しいとの応援団とアルゼンチンにだけは勝って貰いたくないとのライバル意識を持つアンチアルゼンチンと入り混じった複雑な気持ちのようですが、私は、南米代表のアルゼンチンに勝って貰いたいと願っていますが。。。どうでしょうかね。
写真は、1−7の大敗を告げる新聞の記事を使う事にしました。

第27回バーチャル座談会【ブラジルワールドカップを語る!!】(その11=最終回)
【ブラジルワールドカップを語る!!】(その11=最終回)では、ブラジリアにおける3位決定戦、オランダ3-0ブラジルとマラカナンスタジアムで行われたドイツ1-0アルゼンチンの決勝戦が話題に成りました。番外編として初戦を仕切った西村主審の話題、噛み付き男として有名を馳せたウルグアイ選手初め幾つかの話題を番外編として記録して置く積りですが、この(その11=最終回)で持って27回バーチャル座談会を終了出来る事になり大会終了後40日近く経ってしまっていますが、何とか終了出来た事を喜びたいと思います。
沢山の発言を頂いた皆さんにお礼を述べさせて頂きます。特に粗、全試合の速報を送って頂いた麻生さん、適切なコメントを頂いた古谷さん始め常連の皆さんには、何年後かにアクセスすると2014年の6月―7月のブラジルに置けるW杯の出来事を思い起こす縁に成ればと皆さんのご発言を丹念に拾い集めたました。
写真は、やはり優勝チームドイツの選手が掲げるW杯を使う事にしました。

≪庭園文化こそ花つくりの原点≫ サンパウロ新聞WEB版より
『私たちの50年!!』のメーリングリストでは、元鹿児島大学農学部園芸学科教授でJICAシニアボランチアとしてアルゼンチンに4年2ヶ月間、園芸指導に行かれた経験のある有隅 健一先生にも参加頂き前田さん、杉井さん、小出さん、ブラジルサイドでは、松村さん、池田さん、園田さん、佐々木さん等が種を供給してジャカランダ、イッぺー、パウ ブラジル、海紅豆(セイボ)、牛蹄木、マナカ、カシア、ババス等ブラジルの植物を日本で育て日本からは、慶良間躑躅、ミヤマ霧島、ブーゲンビリア等を移植、花を咲かせる≪花咲爺さん≫が毎日意見交換をしていますが、サンパウロ新聞に『庭園文化こそ花つくりの原点』というブラジル帝政時代から現代までの花卉栽培に付いての歴史と≪日本人に足りない花を愛でる心≫を分かり易く説き解く恰好の読み物を見つけましたので参考に全文(全5回)を纏めて収録して置きたいと思います。
写真は、適当なものが見付かるまでMANACA da SERRAの花を使用する事にします。
筆者は、和泉 雅之さんとおっしゃる方で1996年に東京工業大学生命理工学研究科バイオサイエンス専攻を修了され理学博士の学位を取っておられるようで現在は、大阪大学/理学(系)研究科(研究院)講師をされているようです。

『私たちの50年!!』メーリングリストを通じての【さりげない私の呟き】
『私たちの50年!!』メーリングリストは、10年以上続いたyahooサービスにお世話に成り3万9千通のメールが飛び交い今年の2月からfreemlにお世話に成り既に4300通のメールが飛び交っていますが、私が一番受け取って嬉しいメールは、今回の松川さんの広島原爆投下のお祖父さんのお話とか古谷さんが恥ずかしい話題として規定しておられる誰も心に秘めている人に話せないようなさりげない呟きと云うか普段は、自分の心の中にしまっている話題を開陳して呉れる事です。『へいそんな苦労、辛い思いもされたんだ!』とかさりげなく語る藤沢さんの呟き、都賀さんのカッコイイ話し、園田さんの郷里の話等新しい発見、さりげない語りを【さりげない私の呟き】としてHPに収録して置きたく皆さんのとっておきのさりげない呟きを募集します。
松川さんの退会宣言?でぎくしゃくしたMLを何とか修正しようと私なりに努力をして見ましたが、結果として古川さん、麻生さん、都賀さんが退会してしまわれました。残念な結果ですが、これは各個人の選択ですので仕方がないですね。【さりげない私の呟き】の予定がこのMLの私の管理運営に付いての説明で終わってしまう事になりました。
適当な写真が見つからないのですが、ここはやはり私たちの出発点、在りし日のあるぜんちな丸の雄姿を使う事にします。この写真は、岡山の賀多井さんが私たちを南米に連れて行って呉れた第12次航の帰路、パナマ運河のバルボア港近くで乗っておられた船から撮られた貴重な写真です。

エッセイ 7月 歌手・中平マリコ 13/07/30 サンパウロ新聞WEB版より
今年、2014年8月16日、17日の週末に行われた第3回日本祭りの初日の土曜日に中平マリコさんが参加され地元ポルトアレグレの根強いファンの皆さんの喝采をあびた。マリコさんの南伯に置ける公演は、今年で6回目になり初年度より毎年、カシアスの高梨さん、イボチ移住地の折田さん、上村さん、ポルトアレグレのカトリック大学では、日本文化研究所(当時)の森口所長(医学博士)のお世話になって公演を続けて来ている。今年は、マネジャ?として全行程をご一緒しておられた御母堂芙早恵さんが一緒に来られていませんでしたが、元気に広いブラジル、パラグアイを廻られました。
昨年の7月の南米公演10周年記念チァリティーァコンサート後にマリコさんご自身が書かれた文章がサンパウロ新聞の『女性の広場』欄のエッセイとして残されているのでお借りしてホームページに収録して置く事にしました。
今後の中平マリコさんの公演継続をファンの一人として期待して行きたい。
写真は、サンパウロ新聞に使われていたお母さんと御一緒の写真を使わせて貰う事にします。

ガウーショの街、ポルトアレグレに暮らして
在ポルトアレグレ領事事務所(日本語での新しい呼称)の後藤 猛領事は、既にポルトアレグレ在勤3年目に入っておられ少なくとも後1年は、当地で活躍して下さる予定ですが、日本からの訪問者が来られると一番先に案内するのがこの領事事務所の後藤領事の所です。今回岡山の和気郡から成田から37時間掛けてポルトアレグレに直行して来られた徳永鯉のぼり(株)の徳永 深二会長も後藤領事に表敬訪問に行き1時間半も色々お話しを聞いておられましたが、もっと時間が有ればとコメントしておられましたので後藤領事が書かれた掲題の『ガウーショの街、ポルトアレグレに暮らして』と云う恰好の読み物を日本ブラジル中央協会の会報『ブラジル特報』2013年9月号に寄稿しておられますのでお借りして皆さんにも紹介して置く事にします。
『ブラジル特報』に≪ガリバルジ第1回日本文化祭開会セレモニー≫の説明がある写真をお借りしました。

【自己改造した植物・ナッパとダイコン】 有隅 健一
『私たちの50年!!』メーリングリストで唯一≪先生≫と呼ばれている元鹿児島大学農学部園芸学科で教鞭をとっておられ退職後JICAのシニアーボランタリーとしてアルゼンチンに4年3ヶ月勤務され南半球のアルゼンチンを中心に植物達が置かれた環境に如何に順応し種を残す為の努力をしているか、北半球の日本と比較、検討し大きな驚きと発見をしておられJICAへの報告書の一部を掲題の【自己改造した植物・ナッパとダイコン】として纏めておられます。有隅先生の落第弟子として先生が興味を示して下さるアルゼンチンと隣接するブラジル南部ポルトアレグレで採集出来る種をせっせと鹿児島に送らせて頂いており先生の研究の日本でも通用する稚樹開花性、耐寒性の賦与と云う課題をお手伝いさせて頂いています。(ブラジル国花イッぺー類、ジャカランダ、マナカ ダ セーラ等)。
写真は、有隅先生がその優れた開花性に注目、栽培を推奨しておられるブーゲンビリアの【田代赤】の苗木を頂いて来たのに枯らせてしまい幻の花になってしまった痛恨の花で飾りました。

(注)有隅先生の論文が、使用ソフトが図形、写真画像等を表示できない事から一部図形が正しく表示されずご迷惑をお抱えしていますが、全文は、下記URLで正しく読めますのでご参考にして下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada2/35203237.html

【ブラジル、消える日本人街 (地球回覧)】  日本経済新聞WEBばんより 賀多井さんが送って呉れました。
≪W50のみなさん 岡山の賀多井です。
10/26の 日本経済新聞の電子版に下のような記事が出ていました。そっくりコピーを送ります。
先人が築いた日本人街が消えつつあると言うのは、寂しいですね。≫
サンパウロに出張すると何時も定宿として使用しているニッケイパレスホテルの新しいオ―ナ池崎 博文さんを紹介しながらの旧日本人街(現在は東洋人街と呼ばれている)グアルボンブエノ街の昨今、特に韓国、中国の進出ぶりを活写している。今後も変わり続けて行くと思いますが歴史的な一コマとしてホームページにも残して置く事にしました。写真も日経新聞掲載のブラジル移民100周年の際に皇太子殿下がこの下を通過された≪大きな赤い鳥居≫の写真を使用させて貰いました。賀多井さん有難う。